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マレーシアの外国人労働者問題と給与について

マレーシアの外国人労働者問題と給与について

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マレーシアには2013年まで最低賃金に関する確たる法律がありませんでした。しかし、2013年1月に政府の方針として、初めて最低賃金令が施行されました。 2017年4月発表の最低賃金は1,000リンギット(約、25,000円、2017年現在)と発表されています。また、マレーシア人の給与平均は2,231リンギット(約56,000円)です。 マレーシアの労働市場は、ブルーカラーとホワイトカラーがほぼ完全に二分されています。 ブルーカラー、つまり肉体労働を必要とする労働は近隣の東南アジアからの労働力に頼っています。街を眺めると、工事現場で働く人たちがマレーシア人の顔つきではないことに気が付きます。 マレーシアの人口が少なく、労働者が足りないということからこのような構図が出来上がっていると考えられます。 マレーシアのナジブ政権が打ち出した、2020年までの長期経済政策である「新経済モデル(New Economic Model:NEM)」により、これまでの低賃金で雇うことができる外国人労働者に頼った仕組みから抜け出し、マレーシア人の給与をあげるべく経済モデルを打ち出してはいるものの、その内情は混乱を極めているようです。 2016年2月、バングラデシュからの労働者を150万人受け入れるとの調印を行ったにもかかわらず、その後労働組合などの反対を受け、翌月にはバングラデシュ人労働者の受け入れが凍結されました。 マレーシア内務省入国管理局によると、同国で働く外国人労働者は2016年時点で208万人、マレーシア労働人口の約15%に相当するということです。 国別では、インドネシアからの労働者が最大で約82万人、ネパール約48万人、バングラデシュ約27万人、ミャンマー約14万人などです。 また、不法労働者が上記の合法的に働く外国人労働者とほぼ同数いると推測されて
マレーシアの歴史について(独立以降)

マレーシアの歴史について(独立以降)

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1968年 独立国家成立後、共産主義者の反乱をはじめとする、民族間の紛争がたびたび起こり、混乱の時期に突入します。 1969年 5月13日、マレーシア史上最悪の民族衝突事件、「5・13事件」が勃発。 5月10日に実施された総選挙で躍進した中国系支持の民主行動党の祝勝パレードと、マレー系支持のUMNO(統一マレー人国民組織)のデモが衝突、これを機に銃撃や放火などにより死者196人、負傷者439人の犠牲者を出すという悲劇となりました。 1970年 7月、緊急条例発布され、9月、初代首相、ラーマン首相が辞任。第2代首相にトゥン・アブドゥル・ラザクが就任しました。 1971年、ブミプトラ政策を開始。民族間対立の原因にもなったマレー系と中国系マレーシア人の経済格差を是正するため、マレー系を経済的に優遇する政策。 ブミプトラとは「土地の子」を意味し、マレー系国民ほか、オランアスリと呼ばれる、土着の少数民族も含まれます。 1981年 マハティール・ビン・モハマドが4代首相に就任し、徹底的な経済構造改革に取り組みます。 1981年から22年間に渡り、「ルック・イースト政策」を掲げました。長年に渡り、西洋諸国に偏っていたマレーシアの政策を改め、日本や韓国の技術などを学ぶことでマレーシアの経済発展を図るという試みでした。 その結果、シンガポールとともに1980年代から経済成長を遂げることとなりました。 1999年 首相官邸がクアラルンプール郊外のプトラ・ジャヤに移転されます。過密化が進むクアラルンプールから行政機構を移転し、首都機能が2010年までに遷都されました。 2003年 アブドラ・バダウィが5代首相に就任。2008年の総選挙にて、国民戦線が3分の2の議席を確保できなかったため、任期4年(二期目)を残し、辞任しました。 2009年 トゥン・ア
マレーシアの歴史について(マラッカ王国)

マレーシアの歴史について(マラッカ王国)

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マラッカ王国建国〜 1396年 スマトラ島(現インドネシア)のパレンバンの王子「パラメスワラ」がトマセック(現シンガポール)経由で渡来し1396年頃マラッカ王国を建国。 1414年 イスラム教を国教と定め、パラメスワラ国王はイスラム名、「イスカンダルシャー国王」と改名。 以降、マラッカ王国は香辛料を中心に、アラブ圏とアジア、極東アジア各地との交易を担う重要な港として急速に発展を遂げます。 1511年 マラッカ王国が陥落し、ポルトガルの植民地となります。これが東南アジアの植民地化の始まりとなります。王家はジョホールに逃れ、ジョホール王国を建国。 貿易の中継地と東南アジアでのキリスト教の布教を目的に、約1世紀の間、マラッカはポルトガルによって支配され、カトリックやポルトガル文化の影響を受けました。 フランシスコ・ザビエルも布教のため訪れています。マラッカにあるサンチャゴ砦(ファモサ要塞)は、1511年にポルトガルが沿岸防備の為に築いた砦跡で、現在、マラッカの観光地の一つとして有名です。 1641年 ポルトガル統治時代が終わり、香辛料を求めてアジアへ進出したオランダがマラッカを占領、植民地とします。 マラッカは東南アジアの商業の拠点として繁栄を極めます。現在、マラッカに残るポルトガル村は、この時代にマラッカに渡ったポルトガル人の末裔です。 ポルトガルによる占領は1795年まで続きます。 1786年 イギリス人によりペナン島が占拠されます。ペナン島を手にしたことがきっかけで、イギリスは一気に勢力拡大し、1795年マラッカにその勢力を伸ばします。 結果として、1824年、英蘭協定締結によりマラッカ海峡をはさみ東側(現在のマレーシア)がイギリス領、西側(現在のインドネシア)がオランダ領となります。以降、イギリスによる支配は、第二次世界大戦勃発時まで続
マレーシアの富裕層について

マレーシアの富裕層について

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不動産仲介のナイト・フランク社「ザ・ウェルス・レポート」によると、マレーシアでは今後10年間で超富裕層の数が42%増加するとの予想が発表されました。 マレーシアでは経済成長が見込まれていることからこの数も増えると予想されています。 日本人が移住したい国(2016年)に11年連続第一位に輝くマレーシア。 マレーシア人、一人当たりのGDPが1万ドルを超え、富裕層人口が総人口の2割を占めていると言われています。 そんな中でも超富裕層の代表格としてビジネスシーンの中でよく名前を聞くのが以下の人たちです。 2017年、マレーシア長者番付1位、「砂糖王」と呼ばれる中国系マレーシア人、ロバート・クオック。クオック氏はジョホールバル出身、製糖業で材を築き上げ、マレーシアではクオック・グループ、香港ではケリー・グループを率いる実業家です。 マレーシアで製糖・製粉事業を行うPPBグループ、小麦精製、映画館、海運、不動産開発、環境事業など多角的な事業を展開しています。 資産額は114億ドル(約1兆1,300億円)、12年連続で首位を維持しています。 シンガポール生まれの中国系マレーシア人、クエック・レンチャン。マレーシアの大手銀行グループのホンリョングループ(Hong Leong Group)を率いています。 同グループは、金融、建材、不動産、ホテルなどを展開する華僑財閥で、シンガポールの同名グループとは親類関係にあります。近年、三井不動産と手を組み東京でのホテル展開に乗り始めたのが記憶に新しいです。 インド系マレーシア人のアナンダ・クリシュナン。クアラルンプール、ブリックフィールズ出身。 マレーシア、携帯電話サービス大手のマキシス・コミュニケーションズなどを保有し、投資会社ウサハ・トゥガスを率いています。 シンガポール生まれの中国系マレーシア人、テー・ホン
マレーシアの空港について

マレーシアの空港について

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マレーシア国内には58の空港があり、そのうち国際空港が7つあります。 クアラルンプール国際空港、コタキナバル国際空港、クチン国際空港、ペナン国際空港、ミリ国際空港(東マレーシア、サラワク州)、スナイ国際空港(ジョホール州)、ランカウイ国際空港、(クダ州ランカウイ島)です。 ここでは、年間旅客数の一番多い、首都にある空港「クアラルンプール国際空港(Kuala Lumpur International Airport)」、通称「KLIA(ケーエルアイエー)」の概要を紹介します。 KLIAは、「森の中の空港、空港の中の森」をコンセプトに黒川紀章氏により設計され、1998年に開港しました。 そのコンセプト通り、空港周辺はパームツリーのプランテーション農園として利用されています。KLIAの上空に近づくと一面がパームツリーの森に降りていくような感覚に陥ります。 KLIAは、一般の航空会社が利用するKLIA空港ターミナルと、2014年5月に開港した、エアアジアに代表される格安航空会社が利用するKLIA2空港ターミナルに分かれています。 KLIAターミナルとKLIA2ターミナルは約1.5キロ離れており、シャトルバスで、約5分で移動が可能です。 KLIAは、首都クアラルンプール(KL)から南へ約50キロ、車でおよそ50分です。 KLIAの到着ロビーから階下へ降りたところに鉄道駅があり、特別急行KLエクスプレスがKL中心地へ向け発着しています。約30分でKLIAとKL中心地を行き来しています。 その他、KLIAからKL中心地への交通アクセスとして、タクシーがあります。タクシーは事前にチケットを購入するクーポン制とメータータクシーがあります。 高速バスでも往来が可能です。空港1階のバスターミナルからバスが運行しており、いくつかのバス会社から空港バスが出ています。
マレーシアで役立つアプリ

マレーシアで役立つアプリ

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マレーシア生活で役に立つアプリについての紹介です。 Uber Uber(ウーバー)は、アメリカの企業が運営する、自動車配車サービスアプリです。 利用したい車種やドライバーを選び、乗車の場所を指定します。アプリ完結のため、電話連絡や日時の指定も必要ありません。気になる料金の見積もりも事前に確認でき、車種のランクによる価格帯も選択可能です。 自分の居場所が英語でうまく説明できない時や、海外でよくありがちな値段交渉などの必要もないため、非常に便利なアプリです。配車サービスが終わると、登録したメールアドレスへ利用明細のメールが送付されます。支払いは事前登録したクレジットカードやPaypalで行うため、キャッシュレスです。何か不安が残った際にも、クレーム報告機能もついているため安心です。 Grab Grab(グラブ)はマレーシア発のタクシー配車サービスのアプリです。使用感はUberと似ていますが、アプリ上でUberほど細かく現在地点を登録できない点などがあり、電話での英語説明が必要となる場合があります。また、Uberが乗客とタクシードライバーを直接結び付ける方法を取っている一方で、Grabは直接タクシードライバーと面接を行うことによって、ドライバーの質を確保している点で違います。 首都のクアラルンプールでも頻繁に起こっている、タクシーに乗ってみたら交渉制だった、高額な請求をされたなどのタクシートラブルを上記のアプリを使うことで、より安心安全に利用できます。 Waze Waze(ウェイズ)イスラエルの企業が運営するカーナビアプリです。 主に渋滞情報をコミュニティでシェアが可能なため、渋滞の状況や原因などをリアルタイムに知ることができます。その他、事故情報や、迂回路、検問情報などの情報もシェアされているため、よりスムーズな運転が可能です。マレーシアで車を運転する人には
IT先進国政策について

IT先進国政策について

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マレーシアは1981年から22年間首相を務めた、マハティール首相が1991年に掲げた、2020年までの先進国の仲間入りを果たすという目標、「WAWASAN2020(ワワサン2020)」(ビジョン2020)を達成するための政策の一つとして「マルチメディア・スーパーコリドー(MSC)」により、新たにIT産業を中心とするサービス、知識集約型産業の育成することを打ち出しました。 そのための国家計画として2012年「デジタルマレーシア」を策定し、デジタル・エコノミー先進国に発展させるための計画として、国民総所得の増加、デジタル製品とサービスの需要拡大、若い世代のIT技術者の育成などに注力するとしています。 MSCの新興都市として、首都クアラルンプール近郊に、パームオイルのプランテーションが広がっていた地域を開発、情報産業都市「サイバージャヤ(Cyberjaya)」が建設されました。 また若いIT技術者の育成にも力を入れ、マレーシア最大手の通信会社テレコムマレーシアは「マルチメディア大学」を設立、人材の需要に備えるべく高度なIT技術者を国内で育成することにも注力しています。 政府の動きとしては2013年、通信マルチメディア省(Ministry of Communication and Multimedia)が設置され、携帯電話やインターネットのサービスエリアの拡大に向け、ブロードバンド普及率の向上やより良いインターネットサービスの提供を全国規模で行っています。 マレーシアのインターネット普及率は、東南アジアのなかでも常にトップであり、有料衛星テレビの普及も200万人を突破しています。市場調査会社カンター・ジャパンによると、マレーシア人のSNSの利用頻度が94.2%、49か国中10位です。日本が最下位の49位であったことから、かなり高い利用率だということが分かり
マレーシアのイスカンダル計画について

マレーシアのイスカンダル計画について

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イスカンダル計画とは、2006年、西マレーシア南部、シンガポールとの国境の町でもあるジョホール州を大開発する都市開発計画で、2025年までの20年間で投資総額10兆円超、人口300万人の大都市をジョホール州に建設する一大プロジェクトです。 マレーシア政府とシンガポール政府が共同で開発を手掛ける共同国家プロジェクトで、マレーシア初の経済特区が設けられ、その最重要地区としてジョホール州の新しい街、イスカンダル・プテリ(Iskandar Puteri)(旧称:ヌサジャヤ(Nusajaya))の都市開発が進行中です。 パームオイルのプランテーションが広がっていたイスカンダル・プテリは現在開発が進み、2008年州政府の庁舎「コタ・イスカンダル」が建設されました。 2013年には、アジア初のテーマパーク「レゴランド」が開業、世界的な映画制作会社「パインウッド・イスカンダル・マレーシア・スタジオ」、 日本語が通じる医療施設「グレンイーグルズホスピタル」が2015年に開業などが相次いでいます。 また、イギリスの名門校「マルボロカレッジ」を始め海外の有名な教育機関が「エデュシティ(Edu City)」という街に集約されています。 イスカンダル・プテリは「The World in One City」(一つの都市に世界中のものを集約)というコンセプトのもと、政府、住居、職場、娯楽、商業、教育、医療などが集約され、効率的な都市を目指し計画されています。 次々と開業する施設の種類を見ると、このイスカンダル計画にはいくつかの特色を持って計画が進められていることが分かります。 このプロジェクトは5つに分けられた特色の異なる開発対象エリアを中心に、9つの促進産業を指定しています。それらは、5つの「コア産業」として、電気および電子、石油化学(オイル&ガス)、食品加工、物流、観光
マレーシアのタブー

マレーシアのタブー

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マレーシアはイスラム国家のため、日本での振る舞いがタブー視されることがあります。 長期滞在するにあたって、初めから知っておけばトラブルにならない、または相手を不快にさせずスムーズなマレーシアンライフを送れるのではないでしょうか。 マレーシアは常夏で、東海岸に行けばきれいなビーチも広がっているため、日本にいる時より開放的な気分になりがちです。 しかし、マレーシア国民はイスラム教ではない民族でも、日本人より保守的な人、保守的な習慣を守る人が多く存在します。 まず、男女を問わず、過剰な肌の露出はNGです。マレーシア人、特にイスラム教ではなく、文化が少し似ている中国系を見るとよく分かりますが、驚くほど白い人が多いです。それは過剰な肌の露出をよく思わない慣習によるところが大きいからです。 常夏ですが、一旦建物の中に入るとエアコンの効きが強すぎて寒く感じるところもあるため、長袖の着用率が高く、オフィスから出てくる人をみると長袖の人が大変多いことに気が付きます。肌の露出が多い人は旅行者だとすぐに分かるのもそういった理由が一つです。 マレーシア生活が進むと気が付くことの一つが、マレーシア人は人差し指で物や人を指さないということです。 それらの行為はタブーとされています。人差し指でさされた相手に悪魔が宿ると信じる人が多いと言われますが、とにかくやってはいけないことだと親から教えられるようです。 物や人を指すときは、みんな親指を使います。始めは違和感がありますし、人によっては人差し指を指すことで怒り出す人もいるので気を使いますが、 メニューを注文するとき、誰かに何かお願いするときなど、一番頻繁に目にするマナーでもあります。 慣れてくると自然とこちらも同じように親指や他の指を使うようになるでしょう。 在住が長くなるとペットを飼う人も出てくるかもしれませんが、犬
マレーシアの中の日本

マレーシアの中の日本

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マレーシアに慣れたころや疲れがたまったころ、ふと日本を懐かしんだりすることや、 日常で『日本』に触れる時間を大切にすることで、異国にいるストレスとうまく付き合っていくという方法もあるかと思います。 マレーシアにも日本を感じることができる場所がいくつかあります。 頭に一番に浮かぶのはやはり日本料理店かと思いますが、それ以外の、まさに『日本』を感じたい時のおすすめの紹介です。 本好きな日本人にお勧め、国際交流基金(ジャパンファンデーション)。 日本では名前ぐらいしか聞いたことがない機関ですが、海外で居住すると色々なところで活動されているのを目にします。 マレーシアでも日本の文化を伝達する役割を担い、日本文化に関連する行事を行ったり、日本文化の情報を発信する場として、 日本に興味のある現地の方はもちろん、海外に住む日本人も親しみを感じる場所ではないでしょうか。 以前はKLの観光の中心地ツインタワーの近く、アンパン通りのシティバンクタワーの一角にありましたが、現在は移転してミッドバレー地区、ノースポイントにあります。 ミッドバレーはメガモールという大型ショッピングモールです。そこに隣接しているということで、在住者にはアクセスしやすくなりました。 年間RM10で1人5冊まで、2週間日本語の本を借りることができます。ウェブサイトによると、本、テープ、ビデオなど資料1万7000点ということです。 本だけでいうと日本の図書館の規模にはかないませんし、日本語学習をするマレーシア人を主に対象としているため、日本語教育関連の資料が多いのが目立ちますが、 一般的な小説や文献もあります。KLCCの紀伊国屋に行けば日本語の本も購入可能ですが、日本を感じるとなると、少し騒がしさが気になるところです。 しかし、現地のマレーシア人にはあまり馴染みのないこの図書館は静かな雰囲気を楽