マレーシアビジネス全面サポート| SENTROマネジメントサービス

SENTRO Management Service

言語選択    

マレーシアの歴史について(マラッカ王国)


マラッカ王国建国〜

1396年 スマトラ島(現インドネシア)のパレンバンの王子「パラメスワラ」がトマセック(現シンガポール)経由で渡来し1396年頃マラッカ王国を建国。

1414年 イスラム教を国教と定め、パラメスワラ国王はイスラム名、「イスカンダルシャー国王」と改名。
以降、マラッカ王国は香辛料を中心に、アラブ圏とアジア、極東アジア各地との交易を担う重要な港として急速に発展を遂げます。

1511年 マラッカ王国が陥落し、ポルトガルの植民地となります。これが東南アジアの植民地化の始まりとなります。王家はジョホールに逃れ、ジョホール王国を建国。
貿易の中継地と東南アジアでのキリスト教の布教を目的に、約1世紀の間、マラッカはポルトガルによって支配され、カトリックやポルトガル文化の影響を受けました。
フランシスコ・ザビエルも布教のため訪れています。マラッカにあるサンチャゴ砦(ファモサ要塞)は、1511年にポルトガルが沿岸防備の為に築いた砦跡で、現在、マラッカの観光地の一つとして有名です。

1641年 ポルトガル統治時代が終わり、香辛料を求めてアジアへ進出したオランダがマラッカを占領、植民地とします。
マラッカは東南アジアの商業の拠点として繁栄を極めます。現在、マラッカに残るポルトガル村は、この時代にマラッカに渡ったポルトガル人の末裔です。 ポルトガルによる占領は1795年まで続きます。

1786年 イギリス人によりペナン島が占拠されます。ペナン島を手にしたことがきっかけで、イギリスは一気に勢力拡大し、1795年マラッカにその勢力を伸ばします。
結果として、1824年、英蘭協定締結によりマラッカ海峡をはさみ東側(現在のマレーシア)がイギリス領、西側(現在のインドネシア)がオランダ領となります。以降、イギリスによる支配は、第二次世界大戦勃発時まで続きます。

日本軍の支配〜独立

1941年 太平洋戦争が始まり、翌年1月、日本軍はマレーシアを占領します。1945年の日本軍敗戦までの3年半、マレーシアは日本の統治下におかれました。

1945年 太平洋戦争終結。日本の敗戦と同時に再びイギリスの植民地となりました。

1948年 マラヤ共産党の反乱が起こり、マレーシア植民地政府は非常事態宣言を出し、多くの中国人を中国へ強制送還。それ以降、共産党組織は非合法化されました。

1957年 8月31日「マラヤ連邦」としてイギリスから完全独立。初代国王トゥアンク・アブドゥル・ラーマン、初代首相トゥンク・アブドゥル・ラーマンとし、マラヤ連邦が成立しました。

1963年 ブルネイを除く「マレーシア連邦」を発足。シンガポール、東マレーシアのサバ州、サラワク州を加えるも、マレー人優遇政策に反発したシンガポールは1965年に分離、独立し、現在のマレーシアが形成されました。